園(その)食堂の歴史・・・そしてこれからNO5

こんにちは!

園食堂一人娘の馬淵です。

今年創業56年を迎える園食堂は

1964年の昭和39年7月20日に秋田県象潟町(現在にかほ市)に開店しました。

自粛制限が出ている3月最後の週末ですが

園食堂は旅のお客様が増えているようです。

国内旅行を車でされている方がいらっしゃるということでしょうか。。

毎日沢山のお客様のご来店、まことにありがとうございます。

「美味しいで!で元気をになってくれたら嬉しいね

私たちはコロナは大丈夫!」

昨夜の女将(母)の電話はとっても元気な言葉が沢山❤️

今年の4月に金婚式を迎える両親

お見合い結婚です。笑

毎日。。。一緒に仕事をし24時間一緒の二人

どうして結婚したの?とそういえば聞いたことがなかった笑

無口で無愛想な二人です

名物!とおっしゃるお客様も多いのですが

二人の厨房での喧嘩。。。昔は母と亡くなった祖母の嫁姑のバトルも加わっていて

子供心ににバトルが始まるとそっと。。その場を立ち去っておりました笑

昔はまただ。。なんで喧嘩するんだとうと思っていましたが

そりゃあ24時間一緒にいたらね。。。と思います笑

最近の二人の喧嘩?は

どちらのお客様が先か?

ご提供の間違いでは?

母のお代の計算間違え!

などなど・・・・父のお叱りを受けている母

父の片耳が聞こえないこともあり

声が大きくなり店内に響く笑

母が4年前に倒れてからは母の気力もなくなり

喧嘩は減っている今日この頃ですが

みなさまご迷惑をおかけしております。。。

金婚式の二人。。。

でもやっぱり仲が良い。

休みもほぼ一緒

買い物もほぼ一緒

母が運転ができないこともあるがずっと一緒笑

母が倒れた4年前

店は休みになり

父は毎日食事を病院に運んでいました。

喧嘩するほど仲がいい❤️ですね。

娘の私は家族旅行が楽しみでもありましたが

平日に学校を休んでいく旅行が当時はとっても嫌だった。。笑

でも今思えば両親が一人娘の私に沢山の思い出を作ってあげよう!と

平日にお休みをしていろんな所に連れて行ってくれことの意味を改めて

考えてます。。二人のリセット時間でもあったのだと思います。

必ずその土地の美味しいもの旬のものを食べる!

そして父から毎回学ぶ食事マナー

かなりうるさかったです。。笑

今年の金婚式はゆっくり温泉旅行に連れて行こう♨️

 

次回は園食堂の繁盛記の頃のお話

 

 

 

園(その)食堂の歴史….そしてこれからNO4

こんにちは。

園食堂一人娘の馬淵です。

今年創業56年を迎える園食堂は

1964年の昭和39年7月20日に秋田県象潟町(現在にかほ市)に開店しました。

 

東京オリンピックの1年延期が決まりましたね。

予想もつかないことが起こっている今

変わらないことは「食べる」ことだなあと感じています。

毎日美味しい!と笑顔で食べることはきっと人も元氣にするのです。

 

美味しい!のために毎日の今の父のルーティーン

6時に起き

6時半にラジオ体操をして

朝の仕込みをし

どんぶり飯の朝ごはんを食べ

11時に開店

年を重ね生活スタイルは変わりましたが

父と母の日常は繰り返されていいます

コロナウイルスの影響もなく毎日お役様が沢山ご来店下さっていることに感謝いたします。

 

さて開業した頃の園食堂。。。

当時は亡くなった祖母と父の二人で切り盛りしていました。

時々兄妹が手伝いに来てくれていたようです。

実はこの当時のことをちゃんと父に聞いたことはなく(笑)

写真から

かき氷の販売をしていたんだなあ。。。

バイクで出前したとのかしら?

くらいです。

いずれにしても25歳で店を持った父

無我夢中で日々を送っていたのだろう。。。

商売ですから稼ぐ!も大事ですが

父の根底に

「美味しい」を届ける想いは

56年ずっと変わっていない。

昨日の父との電話でさらにその思いを強く感じまた。

「お客さんがこんな時でも沢山来てくれてうめがった!〜は嬉しいね」

父の言葉とても胸に沁みた3月34日でした。

 

さて次回は名物になっている園食堂の夫婦の厨房での喧嘩

二人の馴れ初め。。。叱られるかな笑

 

園食堂 昭和40年代中期頃
園食堂 昭和40年代中期頃
園食堂 かき氷機
園食堂 かき氷機

その食堂の歴史・・・そしてこれからNO3

こんにちは。

園食堂一人娘の馬淵です。

今年創業56年を迎える園食堂は

1964年の昭和39年7月20日に秋田県象潟町(現在にかほ市)に開店しました。

 

今日のお話は父がなぜ食堂経営をしたか?

前回でもお伝えしましたが5人兄妹の次男の父

年後の兄がいます。

長男が高校に行き、次男の父なりに、女で一人で切り盛りしていた祖母のことを思い、中学を卒業したら働こうと思ったそうです。

高校にはとっても行きたかったし志望校(私の母校本荘高校)には合格していたようです。

でも集団就職を選んだ。。。

当時兄弟の一人はなくなっていて妹と弟がいました。

その時お寿司屋さんと中華料理の「園」(その)の二つの選択肢だったそうです。

なんでお寿司屋さんにしなかったの?絶対こっちの方が儲かった!のでは?と

よく父に話したことを覚えています。笑

なぜ横浜にある中華料理の店にしたか?あまり記憶がない。なんでかな?

いつも父の返事は一緒です。

どうしてだったのかな・・・若いから食べたことのあまりない中華に魅力があったのかもしれないですね。笑

このお店からののれん分けで「園食堂」を秋田象潟町に開店しました。

この横浜の父の修行したお店はすでになくなっていますが

父の作るラーメン以外の味

酢豚・餃子・チャーシュー・餃子・焼きそば・チャーハンは引き継がれているのだと思います。

父の酢豚は絶品です。嫁入りの時にレシピをもらい今では我が家の味になってます。

深夜に食べたくなってきた〜

集団就職をした父は

家計を助け弟の高校の下宿代、大学進学の学費の面倒をみていた。

朴訥で無愛想ですが誰よりも人が好きで人を思う優しい父

母が入院した時も毎日本荘市の病院ににせっせと食事を運んでいた父

愛に溢れていいる父です。

 

次回は開店当初のお話

 

園食堂厨房 昭和40年代前半頃

園食堂 かき氷機
園食堂 かき氷機

懐かしい。。かき氷あったなあ

園食堂 創業期
園食堂 創業期
園食堂厨房 昭和40年代前半頃
園食堂厨房 昭和40年代前半頃

園(その)食堂の歴史。。そしてこれからNO2

こんにちは。

園食堂一人娘の馬淵です。

今年創業56年を迎える園食堂は

1964年の昭和39年7月20日に秋田県象潟町(現在にかほ市)に開店しました。

亡くなった祖母と(父の母)と二人での開店

店主父25歳の年でした。

(なぜラーメン屋さんだったのでしょうか??)

父は金(こん)家の5人兄妹の次男として横浜で生まれています。

当時海外からの輸入を手がける大型船の船長の父を持ち

かなり裕福な家庭に生まれましたが

昭和21年終戦の前に祖父は外国の潜水艦の魚雷により沈没。。。

遠い海外の海で祖父は戦死しました。

祖父の死をきっかけに家族は祖父母の故郷の秋田に移り住んだようです。

そこからは戦後ということもあり

祖母一人で沢山の仕事を掛け持ち。。。

5人の子供達を育てました。

とても貧しい生活

その頃の話をお酒を飲みながら話す父

まずしかったなあ。。。

電車で親戚の家に味噌やお米をもらいに行ったもんだ。。。

食べ物の話をする父はいつも楽しそうなのです。

お酒飲みながらだからいつも記憶は曖昧の父です。。笑

次回はなぜラーメン屋になったか??

 

メルマガ登録はこちらから↓

https://home.tsuku2.jp/storeDetail.php?scd=0000099985

園食堂 昭和40年頃
園食堂 昭和40年頃

周りには何にもないですね。。。お店の外観はほとんど変わってないことに

驚き!驚き!

 

 

 

園食堂の歴史・・そしてこれから。。NO1

こんにちは😊

園食堂の一人娘です。

今年創業56年を迎える園(その)食堂の歴史とこれからのチャレンジについて

ブログにアップしていこうと思っています。

店主父のこれまでの56年間の歴史を言葉で文字で残していく!と決めました。

少々うる覚えも多々あると思いますが・・(笑)

あまり文章は得意ではないですが。。。(笑)

よかったら読んでみてください。

メルマガ スタート♫

これからスタートする4月餃子販売や、肉タンメンや園食堂の取り組みもお伝えしていきます❗️

 

みなさんの登録お待ちしております😊

登録はこちらから⬇︎

https://home.tsuku2.jp/storeDetail.php?scd=0000099985