出前箱の思い出

時々、園食堂の在る象潟の町のお話もしてゆこうと思います。

象潟駅
象潟駅

 

 

園食堂は、秋田県のにかほ市象潟町と云う町に在ります。

園食堂 開店前
園食堂 開店前

 

園食堂店主は、僕の伯父です。

伯父が僕に与えてくれた強烈な思い出があります。

 

 

蚶満寺(かんまんじ) 仏像
蚶満寺(かんまんじ) 仏像

幼少の頃からお盆の時期には象潟へ帰省しています。

お墓は蚶満寺(かんまんじ)と言う、江戸時代の俳人『松尾芭蕉』氏が訪れたお寺にあります。

子供の頃は(だれ?)って感じで

松尾芭蕉さんには全く興味はありませんでした (笑)

 

 

 

象潟海水浴場の早朝
象潟海水浴場の早朝

子供の頃、帰省の最中で最も上位に位置する「楽しみ」のひとつはやはり海水浴です。

(松尾芭蕉さん > ゴメンナサイ)

 

 

 

2012年の象潟海水浴場
2012年の象潟海水浴場

僕にとっての「海」とは、象潟の海水浴場しかありませんでね…

 

昭和40年代中期の象潟海水浴場
昭和40年代中期の象潟海水浴場

ゴムの味がするシュノーケルを咥えながら泳いだり、クラゲに刺されたとか、

幼少期〜10代は、この海にしか浸かった思い出しかありません。

 

 

 

2017年夏 ドローンで空撮した象潟海水浴場遠景
2017年夏 ドローンで空撮した象潟海水浴場遠景

昭和の時代、象潟海水浴場は全面が砂浜で海の家がズラッと並んでおりました。

帰省の度は毎日、海に入り浸っておりましたが、海の家に入った記憶は1回しかありません。

 

 

 

2012年の象潟海水浴場の波
2012年の象潟海水浴場の波

お昼は園食堂へ帰宅しないと食べることが出来ません。

海の家でお世話になるお金なんてありません。

 

で、お昼の空腹と海遊び継続とのどちらかを選ばなくてはならないとき

やはり海遊びなんですね…

 

遊びは止みません。

 

 

 

象潟海水浴場の朝
象潟海水浴場の朝

 

何年生でしたかね、僕が小学生のときの海遊びでした…

 

園食堂店主である伯父が、

食堂衣の白衣でスタスタと浜辺を歩いて来たんですよ。

店の営業時間なので、伯父がこの時間ここに来たことがとてもびっくりでした。

片手には出前箱

 

 

 

 

 

 

園食堂 昭和40年代から在り続ける出前箱
園食堂 昭和40年代から在り続ける出前箱

伯父は、海遊びし過ぎの僕らにカレーライスを出前してくれたのです。

当時、園食堂で出されていたそのままのカレーライス

 

 

そのときの僕の心境を訳しますとこうです

「ここで園カレー食えるなんて、チョーさいこー ♡v 」

 

しかも食ったらすぐ海だし。。。

 

 

 

 

2017年夏 ドローンで空撮した象潟海水浴場
2017年夏 ドローンで空撮した象潟海水浴場

あのときは、フラッシュモブにでも遭遇したほどの驚感動でした。

園食堂で提供されていた園まんまのカレークォリティでしたし…

海水浴場に出前なんてありえないし…

 

 

 

 

そんな粋な計らいをしてくれた伯父…

昭和40年代の象潟海水浴場 園食堂店主
昭和40年代の象潟海水浴場 園食堂店主

(↑ 園おじ、わっかっ !!!)

 

で、抱っこされてる僕は

♬ 象潟湾で 産湯をつかい 姓は、、、

と、かなりフーテンの寅さん 的に発します (笑)

 

 

 

 

2014年夏の象潟海水浴場
2014年夏の象潟海水浴場

近年は娘たちと帰省しています。

 

今年の夏、高校生の次女が帰省の帰り道に言いました。

「ここ(象潟)ほんといい町…」

 

 

 

 

象潟海水浴場の夕方
象潟海水浴場の夕方

で、

彼らも 彼女らもまた…    僕と周回遅れで

 

 

「海遊び病」にかかっちゃいましたかね ???

 

 

 

 

月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり

− 松尾芭蕉 「奥の細道」−

 

 

 

 

 

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